テオレマ [DVD]

テオレマ [DVD]

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ReleaseDate : 2004/05/22
NumberOfItems : 1
AudioFormat : Mono
Format : Color
Format : Dolby
SeikodoProductCode : KKDS-146
Type : Subtitled
Type : Original Language
EANListElement : 4523215006835
Manufacturer : 紀伊國屋書店
RegionCode : 2
EANList : 4523215006835
AspectRatio : 1.66:1
Director : ピエル・パオロ・パゾリーニ
Label : 紀伊國屋書店
Studio : 紀伊國屋書店
ProductGroup : DVD
FormattedPrice : ¥ 5,184
Publisher : 紀伊國屋書店
Language : 日本語Subtitled
Language : イタリア語Original LanguageMono
Actor : テレンス・スタンプ
Actor : シルヴァーナ・マンガーノ
Actor : アンヌ・ヴィアゼムスキー
Actor : マッシモ・ジロッティ
Actor : ラウラ・ベッティ
NumberOfDiscs : 1
PackageDimensions : 5871018542
Languages : 日本語Subtitledイタリア語Original LanguageMono
Name : 日本語
Name : イタリア語

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政治的、でもお洒落な映画

パゾリーニの描く寓話的な映画は、軽妙でコミカルなものとドストエフスキーばりに重厚なものの2つに分けられると思うのですが、これは重厚な悲劇のようでもあり、映像がスタイリッシュであるせいか軽妙さも感じる、変わった作品だと思います。
あるブルジョワジーの一家の崩壊が冷徹な視線で描かれており、その視線の先を追うことで、当時の社会背景やパゾリーニの宗教観や政治思想が浮かび上がってきます。
堕天使の変化である青年を演じるテレンス・スタンプは悪魔的に美しく、シルヴァーナ・マンガーノも退廃的な有閑マダムの役にぴったりです。他にも『1900年』のラウラ・ベッティや後のゴダール作品のミューズ、アンヌ・ヴィアゼムスキーなど、配役も印象的。
映画の中で、若い男の子がキャンバスに向かって絵の具のドロッピングをやっていましたが、当時の美術の風潮や音楽などから、時代を感じて面白かったです。
意外と知られていませんが、音楽はモリコーネによるスコアです。
以前イタリアで見つけたオリジナルのポスターがとてもお洒落でした。

何かが去っていった

残されたのは「喪失感」なんて言葉すら、ロマンティックに感じさせる虚無でした。
現れて去っていったものがなんだったのか、重い問いだけが残ります。
これぞ欧州、これぞイタリア映画、難解過ぎずに芸術が味わえます。

名作『豚小屋』とあわせてみてみる

パゾリーニ作品は60年代後半がもっとも神懸り的な輝きを見せていると思う。
この時期は毎年新作を発表する多作ぶりながらハズレがない。
(残念ながら70年代は『ソドムの市』にしても『生の三部作』にしても‘60年代に比べれば’失速していると思う)
本作『テオレマ』は次作の『豚小屋』(特に現代編)とあわせて観ると興味深い。ニ作品にはいくつかの共通点を見つけられると思う。
最大の共通点は、ブルジョワ(≒現代のファシズム)の崩壊(あるいは腐敗)を扱っていること。
そのテーマは‘裏返った形’で怪作『ソドムの市』にも繋がっているように思う。
本作の粗筋自体は単純だ。
『ブルジョア一家に不思議な美青年が入り込み全員と性的関係を持ったあとで去る。その後一家は崩壊する。一人を除いて。』
といったもの。(だが、…観終わって‘意味’がわからず「???」な私。)
パゾリーニ作品と‘寓意’は切り離せないものとよく言われる。
ブルジョワジーや家族制度への批判や挑発を‘寓話的’に描いたという…。なるほどという感じでもあるが、私は今でも1/3も理解できていないように感じている。
その点(寓意を)、『豚小屋』とあわせてみると理解しやすい部分もあると思うし興味深い。
もう一つの共通点は、有名俳優を多く起用していること。
パゾリーニ作品は素人(に近い人も含める)を多く起用する傾向があるが、『豚小屋』と『テオレマ』は例外的といえる。特に『テオレマ』はパゾリーニ全作品のなかでもっとも有名俳優が多く出ている。『テオレマ』の登場人物は複雑な表現が必要で素人では難しいと思われる。それでこの配役となったのかもしれない。
その結果、すばらしくセクシャルなシルヴァーナ・マンガーノとテレンス・スタンプを観ることができる。こういった俳優の力が目立っていることもあり、いつものパゾリーニ作品(←役者がもっと素朴な表現をしている)とはいくらか違ったテイストになっていると感じる。
他の作品よりも(ある意味直截的にも)政治的なテーマを扱っており‘俳優の力’が必要だったのかもしれない。
こんな共通点を意識しながら『豚小屋』とあわせて読み解くこともひとつの楽しみだと思う。
ただ…
理解しきれない(アホな)私にとっては、緊張感と謎に満ちた不思議な登場人物…不思議な出来事。コレだけでも十分惹きつけられる。(幼稚な感想だが…)

オシャレで高級感もあるが、驚くほど下品なシーンもある挑発的傑作

デジタル・ニューマスター版の「テオレマ」は、画質が柔らかだ。作品の制作年代を考えればキレイな映像だが、鋭さがあるとも言いがたい。まるで、シワのついた紙にラミネート加工を施して、シワを見えなくしたようだとでも言おうか、全体的に、画面からノイズが除去されたというよりも、ノイズ自体がぼかされて目立たなくされたという印象のほうが強い画質である。ただし、色彩は鮮やかだし、輪郭もボケていないので、とりあえずはストレスを感じずに鑑賞できるDVDだと言えそうである。
この作品は、パゾリーニ監督の最高作と評されることもある作品だが、個人的な感想としては、映像の撮り方・つなぎ方に強烈な個性が感じられる作品でもあった。少なくとも、監督がこの作品を撮る際に、ハリウッド黄金期のアメリカ映画のような、洗練された作りを目指していたとは思えなかった。誤解を恐れずに言えば、ごつごつした仕上がりだとすら思われた。しかし、その作風は、意図的に選択されたものかは分からないが、人間や社会の隠された本性を白日のもとに曝け出すような、奇麗事ではない映画を撮りたいという、監督に姿勢にふさわしいものだと思われた。
エンニオ・モリコーネの手による、60年代アコースティック・マイルス調の音楽もたいへん印象に残る。オシャレで高級感もあるが、美青年の放尿シーンや中年男性の全裸もある、イタリア映画の傑作だ。

残酷なる寓話

労働者のスト。工場は生産を停止している。資本主義は機能不全に陥っている。一時の真空状態。
空想の持てる者たちとしての家庭は均衡の戯画である。これは断じて聖家族などとはなりえない。おどけた天使が天の声を携えてやってくる。これは合図である。使者がさりげなく登場する。不在の神は使者を通じてしか働きかけはしない。倒錯としての性的な擬似行為を仕掛けては、ひとりまたひとりと偽りの園から追放していくのだ。淫蕩に走るもの。病に冒されるもの。これらはみな罰なのでである。それも、まるで厳かな儀式であるかのように無言のまま冷やかに進行するのだ。逆らうことすら出来ずに。この冷酷。作家は冷然とフィルムを回し続ける。父親は工場を放棄する。いやそれだけではない。ついにはミラノの駅頭で所有するすべてを放棄するのだ。そして父性さえも。
持たざるものは幸いである。なぜなら全てが与えられるから。聖なるものとの交感の仕草。突然の奇跡の顕現。その唐突。
男はもはや言葉すらも喪失し、裸のまま獣のような苦しみの声をあげながら荒野を彷徨い続ける。その最後の姿は寓話にしてはあまりにも残酷である。
殺伐としたフィルム。空転するリールの音が映写室からカラカラと響いてくるかのようだ。

神が去った後。

金持ちの家にある日、
テレススタンプ演じる男が泊まる。
その男に、夫、妻、息子、娘、お手伝いさんが
魅せられ、、皆肉体関係を持つ。
ある日、男は旅立つ。
5人は、その男無しの生活など考えられなくなっており、
家族がバラバラになっていく。
そして、男が去った後。。。
皆は虚無感に襲われ、、
妻は若い男漁りを、、
娘は病院へ、、、
息子は画家へ、、
お手伝いさんは、超能力者へ、
そして、、夫は、、男漁りへ、、、
簡単に観るとそれだけで終わってしまいますが、、、、。
キリスト教の物語を
思い起こして、宗教観を入れると、
もう少し違った見え方があります。
また、監督が常々言っていた、、、
「教養のないブルジョアはいないように、
 俗悪でないブルジョアもまたいない」
という言葉を、その宗教観に結びつけると面白い。
人は皆、楽で豊かな生活をしたいと思っていて、
そのためには、競争に勝ったり、
人より良いモノを得ようとするエゴも強いわけで、
ある意味、、人の本能みたいなものが、、、
ブルジョアには顕著に表れているということだと思います。
ブルジョア=人の本能=罪深き人という考え方で、
テレススタンプ演じる男=神と、
5人が演じる家族=罪深き人との関係を描います。

肉体関係は身を捧げるというか、
崇拝の一種の象徴でしょうか。
唯一、ブルジョアでない人、、、
お手伝いさんは、、
こういう表現が適切かどうかわかりませんが、
純粋な人の象徴なのでしょう。
そして、、、
キリスト教でも仏教でもいいのですが、
神が降臨して、
人の中からキリストやブッダみたいな
を代弁者を選ぶ。
で、教えを伝える。。。
伝えている間は良いのですが、、
神も代弁者達も、去って、しまうと、
皆、虚無感を味わい、、迷い始める。
影響力も失われ、
世の中がエゴと欲望で渦巻く
現代みたいな時代になると言われているのですが、
そんなようなことを、官能的に描いています。
男を失い、
病院に行ってしまった娘。。
画家といっても、、、
精神を病み画家を軽蔑した画家になる息子、、爆。
つまりは、精神の孤立なのでしょう。
色欲に走り、満たされない妻。
そして、夫は男色に走るのですが、
夫自身は、真のブルジョアという設定で、、
草木の生えない火山を裸で彷徨うという
心象風景につながっています。
家族が、欲望とエゴに悩みバラバラになり、、、
お手伝いさんは、、、
広場に現れ、、、奇跡を起こす。
言わずもがな、
キリストということになります。
さて、、、、、
娘役のアンヌはゴダールの元奥さん、
妻役のシルバーナ・マンガーノは
ビスコンティ映画ではおなじみですが、、
ああ、シルバーナが美しい。。。
男が現れ、湖のコッテージのようなところで
裸になるシーンがあるのですが、、、
斜め後ろから見た肩から首筋が、、、
もう、、「美」、、、!!!!

荒野

パゾリ-ニの考える定理(テオレマ)は神の不在を家族の崩壊によって描く。
一見難解に見える物語も物質だけでは決して満たされない、心の根源的な欲望を映画に登場する人物の一人を除いて全員が共有しているという現代社会の人間のありようが鋭く、しかも単純に語られていく。場面と場面の間にパゾリ-ニ映画に欠かせない「荒野」が静かに、印象的に挿入されている。私がこの映画を見た時(高校生でした!)は頭の中で「荒野」が一日中渦巻いていたのを
思い出しました。

パゾリーニによる日本人論

「神を喪失した人間の崩壊」という解釈で見ているのですが、
聖性を獲得した女中以外、四人の家族それぞれの末路がまるで現在の日本人
の属性そのものに見えてしまいます。パゾリーニによる、まるで予言のような
日本人論ではあるまいかと。テッド・カースンの冷たいジャズ、実際に飲み友
達だったというモリスンのそれと酷似しているテレンス・スタンプの眼差しなど
ストーリー以外にも聴き所、見所が少なくない名作のひとつだと思います。

イタリアのブルジョア家庭に英国ポップが乱入す!

非ポップな世界にポップ・カルチャーが乱入するというプロットは、ヴィスコンティの「家族の肖像」に似ている。
パゾリーニは汚いし、汗臭いし、なにより脂ぎっている、と思っている人には、本作と「豚小屋」をお薦めしよう。
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